Labyrinthos

うみとそら

昨日とうってかわって、のんびりした話で。

うちから自転車で少し走ると(まあ歩いて行ってもいいけれど)(余計なこと言うな)(話が進まんやないか)埋立地(うちもすでに埋立地なのですが更に新しい)が広がっており、非常に簡易的に海辺の雰囲気を味わえることになっております。

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人工浜です。




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浜に面してBBQコートなんかもあって。




温泉も出るみたい。写真は無いのですが、誰でも入れる足湯があります。

最近、少し日中時間が見つかると、自転車に乗って新埋立地エリアをのんびりとしかしスピーディに走り回り、足湯につかって本をしばらく読み、また走って運河(というのかな、埋立地と新埋立地の間の海)の両岸の遊歩道・公園でさらに本を読む…という行動を好んでおります。いい季節になってきたし。


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岸から眺めた空





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いい天気。秋に向かう雲。





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何かが降りてきてくれる…。




ふと見ると、

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鷺だ!




海辺だけでなく、川を少し遡ったあたりでも結構見かけます。

もちろん呼びましたよ。「●◇☆#@*×!!」
今日は周りに人がいたので、いちばん小さい声で。

当然すぐ飛んで逃げたけどね。

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「すがた」

前回の予告と違うこともあるし、また「何を突然」と思われるかもしれない。

さっき何気なくテレビを見てたら、「ON」関連の番組をやっていた。その冒頭からほどなく、長嶋さんは自分のことを「天才じゃない」と言うし、王さんは自分を指して「努力家で人格者というイメージはまったく虚像」と言っていた。客観と主観の違いと一言で言ってしまうと身も蓋もないけれど、「本当のこと」なんておそらく誰にもわからないんだろうな…と思って、それなら「好き嫌い」の尺度で…と、以下を書くことを思いついた。

2009年9月現在二人いる大相撲の横綱、そのうちの一人が、大嫌いである。「憎らしいほど強い」と言われた前理事長の現役時代なんて比べ物にならないくらい、キライである。何故?という問いへの答えは、インターネット上で少し検索でもしていただけると何百もヒットすると思うので「品が」とか「手刀が」とか詳しくは書かないけれど。キレイじゃないと思う。

以前よく読んだ山口瞳やその師匠格とも言える元横綱審議委員長高橋義孝の本には、美しい言葉で相撲の良さがたくさん書いてあったことを覚えている。
もちろんその世界の実際は良いことばかりじゃないと思うけれど。素人の想像以上にそうなんだろうけど。

例えば伊達直人がそうだったように、生い立ちや来し方や何やかや色々なことが彼をしてそうせしめたのかもしれない、…と思うくらいの想像力はある。想像したいと思ったことはないけど。

ここから少し論理は飛躍、「強くさえあれば、どんなふうでも構わない」という感じが、どうしても受け入れられないんだと思う。それは「正しければ何をやってもかまわない」「真実なら何を言ってもいい」などを連想させ、「たくさんの人が賛同するなら何を言ってもいい」「自分のいいたいことを通すためならどんなやり方をしてもいい」などへつながっていくような気がする。

考えすぎだとは思う。でも、キレイじゃないから嫌い。


これを読んで気を悪くされた方がいらしたら、申し訳ありません。
気にしないで下さい。

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